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 🌸第1章 安心できない家の中で ― 私は“言葉”を失った

幼い頃の家は、いつも張りつめた空気に包まれていた。

父はギャンブルにのめり込み、お金を家に入れない。
母はパートに出て、祖父母と3人の子どもを支えながら、必死で働いていた。
祖母(義母)からいじめられていた母の姿を見ていても、
幼い私は、ただ胸が締めつけられるだけで何もできなかった。

そんな環境で、私は“話すこと”をやめていった。
学校では「どうして喋れるのに話さないの?」と叱られ、
「何を考えているかわからない」と言われた。

人との距離をどう取ればいいのかわからないまま、
私はただ、自分の中に閉じこもっていった。


🐾 第2章 動物だけが、私を裏切らなかった

そんな私の心を支えてくれたのは、いつも“いのち”だった。

家には拾ってきた猫、うさぎ、カメ、インコがいた。
動物たちは、私を試さない。
機嫌を伺う必要もない。
ただそばにいるだけで、心がほどけていく。

家の外にも、安心できる場所があった。
近所の秋田犬。
柵越しに触れるその温かさは、
家のざわつきも、人間関係の怖さも、ひととき忘れさせてくれた。

そしてニワトリ小屋。
「卵を産むまで見ていたい」と、何時間も観察した。
不思議なことに、このときだけは言葉が出た。
「ニワトリを見せてください」
その一言が言えた自分を、少し誇らしく感じた。

動物たちは、
“安心できる自分”を取り戻させてくれる存在だった。

 


💔 第3章 はじめての裏切り ― 友だちだと思っていた子

幼少期、「友だちができた」と思ったことがあった。

一緒に遊んで、笑って、
私の世界が少し明るくなった気がした。

その時間は本当に楽しかった

けれどある日、
その子が私の家に来ていた理由が
「おじいちゃんがお菓子をくれるから」
だと知った。

胸の奥で、何かがすーっと冷えて感覚を、私は今も覚えている。

その日を境に、
“人を信じる”ことがまた一歩遠のいた。
そして私は再び、秋田犬とニワトリのもとに戻っていった。

彼らだけが、私を裏切らない存在だった。

動物は裏切らない。
人は裏切る。

幼い私は、そう心に刻み込んでいた。


🌙 第4章 母と出る家、そして“生きるための仕事”の日々

義母からのいじめに耐え続けた母は、
ついに家を出る決断をした。

幼い私は迷わず、母の背中についていった。
「この人だけは守らなきゃ」
そう思ったはじめての瞬間だった。

大人になると、親に頼れない状況から、早くに一人暮らしを開始。
生活のためだけに働く毎日。――そんな日々だった。
未来を描く余裕も、自分を信じる余裕もほとんどなかった。

ただただ、“生きるためだけ”に仕事をしていた。


第5章 29歳、人生を変えた一頭の子犬

そんな日々の中で、29歳のとき、運命が静かに動いた。

知人を介して、少し足の曲がった子犬をブリーダーから迎えた。
抱きしめた瞬間、胸の奥からあたたかい感情がこみあげた。

「この子の一生に責任を持ちたい」

初めて“自分で選んだ大切な存在”だった。

ある日トリミングに出したその子が、
驚くほど可愛くなって戻ってきた。

その姿に涙が出るほど感動し、
強い衝動が湧き上がった。

「この子を、自分の手で可愛くしてあげたい」

29歳からトリミングスクールへ通い始めた。
生活のための仕事ではなく、
“自分の人生をつくるための学び”だった。

犬の小さなサインを読み取る観察力、
丁寧に教える技術、
犬が安心できる空気をつくる力――
それらはすべて、幼少期に培った感性が花開いたものだった。


🐾✨ 第6章 31歳、小さな6坪の店から始まった私の挑戦

29歳で迎えた一頭の子犬がきっかけで、
私はトリミングスクールへ通い始めた。

そして31歳。
思い切って、6坪の小さなペットショップを開いた。

6坪の店は、決して立派ではなかった。
棚を置けば通路は狭くなり、
カット台を置けば、ほとんど身動きが取れないほどだった。

開店当初は、お客さんがほとんど来なかった。
資金はギリギリ。
生活は苦しく、
「本当にこの道でよかったのかな…」と不安に押しつぶされそうになる日もあった。

それでも私はあきらめなかった。

昼間の営業が終わっても、店の電気は消さなかった。
夜になり、街が静かになっていくなかで、
私は一人、カットの練習を続けた。

ある日、散歩途中の方が声をかけてきた。

「何時までしてるの?」
「19時までですが、いまはカットの練習をしてます。」

店からからこぼれる明かりを見て、
夜の街を歩く人々が、気にかけてくれるようになった。

その人が、知人ではない最初のお客様になった。

それを見た別の飼い主さんが、またその人から紹介があって――
気づけば、私の小さな店は、技術力が評価され、
“努力する姿を見て応援してくれた人たち”で満ちていった。

そのとき初めて、こう思えた。

努力は、必ず誰かが見てくれる。
そして、必ず誰かの心に届くのだと。


🔥 第7章 殺処分の現実を知り、私は“声を上げる側”になった

ある日、トリミングの常連のお客様が、
「飼い犬ではない老犬」を連れて店に来られた。
 
事情を聞くと――
 
「転勤で犬を飼えなくなる知人が、
愛犬を動物愛護センターに連れて行こうとしていて…。
センターに行けば殺処分されるかもしれない。
かわいそうで、見ていられなくて…引き取りました。」
 
その言葉は、胸の深いところに刺さった。
 
私はその日、
生まれて初めて“殺処分”という現実を真正面から知った。
 
調べ始めるとさらに衝撃を受けた。
当時、福岡県は殺処分数が毎年ワースト1。
北九州でも多くの命が消えていた。
 
なぜ命が捨てられるのか。
理由をたどるたびに胸が痛くなった。
 
「仕事がなくなった」
「離婚するから」
「ペット不可のマンションに引っ越す」
「トイレを覚えない」
「吠える」
「子どもが飽きた」
 
たくさんの“個人的な都合”と“安易な飼い方”によって、
愛犬は簡単に捨てられていた。
 
夜、私は小さな6坪の店で一人泣いた。
 
「こんなに人を救ってくれる犬が、
 こんなにも簡単に捨てられているなんて。」
 
私は“トリマーとして何ができるか”を心の底から考えた。
 
そして決めた。
 
小さくてもいい。
まずは私一人でも、伝える側になろう。
•しつけの大切さ
•お手入れの大切さ
•飼うなら最後まで
•迎えないという選択も愛情
 
これらを、子犬を買いに来たお客様に丁寧に伝え続けた。
 
やがて私は、小倉駅前や小倉城下に立ち、
プラカードを掲げながら啓発活動を始めた。
ビラを配り、声が枯れるまで、
命の大切さを伝え続けた。
 
すると、同業者やブリーダーから声が飛んだ。
 
「子犬を売っているのに、
 なんで『簡単に飼わないで』なんて言うの?」
「商売の邪魔になること、言わない方がいいよ。」
 
正直、心が折れそうだった。
けれど、私は引き下がらなかった。
 
動物に救われて生きてきた私が、
見て見ぬふりだけは絶対にできなかった。
 
この小さな行動こそが、
のちにドッグセラピージャパンへと続く道の第一歩だった。

第8章 犬と人の未来を繋ぐ使命―ドッグセラピージャパンへ

「動物に救われてきた私が、
今度は私が“犬の力で人を救う”番だ。」

その想いが、少しずつ形になっていった。

 

幼い頃、
私は“言葉を失った子ども”だった。

人が怖くて、
自分の気持ちを口にすることができず、
心の扉を閉ざしていた。

けれど、不思議なことに、
動物の前では自然に呼吸ができた。

秋田犬のあたたかさ。
ニワトリの規則正しい動き。
家の中の小さな命たち。

 

彼らがいなかったら、
私はきっと今ここにいない。

 

そして大人になり、
生活のためだけに働き続けた日々に
一条の光を差し込んでくれたのも犬だった。

 

自分では価値があると思えなかった人生に、
“誰かのために役に立ちたい”という気持ちを
もう一度灯してくれた。

 

子犬を初めて抱いたときに湧き上がった感情は、
いま思えば、私の人生をやり直すチャンスだったのかもしれない。

 

その子を可愛くしてあげたいと願って始めたトリミング。
6坪の小さな店での挑戦。
夜遅くまで練習を見守ってくれた地域の人たち。
そして、殺処分の現実を知ったときの衝撃。

 

そのどれもが、私の人生を前へ押し出してくれた。

 

気づけば私は、
犬のそばにいることでやっと“人のそばにも立てる人間”になっていた。

 

そして、ドッグセラピーの現場に立つたびに、
それは確信へと変わっていった。

 

犬は、
「言葉をもたない人の心に触れる力」がある。

 

人が抱えた悲しみ。孤独。
不安。
自信のなさ。
生きづらさ。

 

そのどれもを、否定せず、矯正せず、
ただ受け止めてくれる存在だ。

 

高齢者の方が涙を流しながら
「思い出した…うちにもこんな子がいたんよ」と微笑む瞬間。

 

不登校だった子どもが、犬の頭を撫でながら
「学校、行ってみようかな」とつぶやく瞬間。

 

長く引きこもっていた若者が、
犬に会いたい一心で外に出てきてくれた瞬間。

 

そのひとつひとつが、
“犬は人を変える”という事実を教えてくれた。

 

やがて、私は確信した。

犬と人を結ぶ場所をつくれば、

人はもう一度、人生を歩き始められる。

 

命の教育。
ドッグセラピー。
障がい者が犬と働ける就労支援。
高齢者の伴走支援。
犬カフェ。
子ども食堂。
地域づくり。

 

それぞれは別々の活動のように見えるかもしれない。
けれど、私にとっては、
どれも“同じ一本の線”でつながっていた。

 

その線の先にあったのが、
特定非営利活動法人ドッグセラピージャパンだった。

 

幼い日の私は、
人が怖かった。
言葉が出なかった。
動物だけが味方だった。

 

でも今は違う。

 

あの頃の私が救われたように、
いまは私が誰かの“味方”になれる。

犬の小さな変化に気づけるのも、
人の心の影を察することができるのも、
すべてあの幼少期のおかげだ。

 

私は今日も、
犬と人のあいだに立つ。

 

それは、私の“仕事”ではなく、
私の人生が導いた使命だから。

 

願いはただひとつ。

犬と人が互いに、やさしく生きられる社会をつくること。

 

その未来のために、
私はこれからも歩き続ける。
犬と、人と、共に。

 


🐾 野田久仁子